逝きし世の面影

見たくないものは忘れ去られる。時が経ち記憶が薄れる以上の速さで真実の歴史の記録が書き換えられていく憂うべき有様を嘆きつつ、やがて消えいく我が身なれば逝きし世の面影を僅かではあるが残せればと思う。

サッカーワールドカップとマリーシア

世界ランク1位アルゼンチン対世界ランク2位のスペインとのサッカーW杯頂上決戦

過去に決勝トーナメントで1勝もできない(予選リーグで力尽きる)日本チームは2026年サッカーワールドカップでは優勝を目指していると喧伝していたが、マリーシアを連発する昨日のアルゼンチン対スペインの試合観戦の感想からは夢のまた夢。マリーシアが一切ないJリーグの日本のサッカーと世界基準マリーシア炸裂(相手選手のユニホームを引っ張る程度は序の口で羽交い絞めや押し倒し、突き飛ばしなど球技よりほぼ格闘技)のサッカーワールドカップとは別世界だった。

マリーシアは元々はポルトガル語で『ずる賢さ』を表す単語で、主にサッカー界で使われるが意味するところは、『審判にバレない反則は反則とは呼ばない。それは高等技術と呼ぶ。』で、ネガティブな意味で使われることは少なく、一流選手の証が『如何にマリーシアを行えるか』なのです。

 

[Malaysia] 

これはサッカー用語マリーシアとまったく無関係。イギリス東インド会社旗の左上カントン部分のユニオンジャックをイスラム教の象徴である三日月と星に変えただけのマレーシア国旗

 

マリーシアを理解出来ない人々 2010/02/23 09:22:17 カテゴリー:スポーツ・文化

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『茶髪禁止令』

日本水泳連盟は20日、都内で開いた理事会で、「茶髪、ピアス、華美なネイルは禁止」などとする競泳日本代表選手の行動規範を、飛び込み、水球、シンクロナイズド・スイミング、オープンウオーターの各代表選手に対しても適用することを決めた。4月から順守を求める。同連盟の泉正文専務理事は「競泳選手のために行動規範をまとめたが、同じ日本代表ならすべて適用しようという意見でまとまった」と説明した。
朝日新聞2010年2月21日

丸刈りは美しい』らしい。

そのうちには冗談抜きで、日本を代表してオリンピックに参加する日本選手たちには男女ともに丸刈りを強制してもらう話に成りかねない。
今を先立つ10年前に早々と何とも時代錯誤のいかがわしい『品格騒動』(イジメ)を引き起こし、日本のスポーツ界として初めて選手(千葉すず)にスポーツ裁判所に提訴された日本水泳連盟が、今回は朝青龍や国母選手の品格騒動に便乗して『極めつけ』をやってくれたようです。

『国母選手と日本スキー連盟』

『行儀が悪い』を理由に国母選手の大会出場を阻もうとするなど『千葉すずの悲劇』の時と同じ前近代的精神主義権威主義を、日本のスポーツ界は何時まで続ける心算なのだろうか。
10年前のシドニーオリンピックで日本の女子自由形第一人者である千葉すず選手のマスコミでの発言が気に入らなかった日本水連は代表選考会で選考基準をクリアして優勝したにもかかわらず日本代表に選ばなかった事件を思い出される不愉快な事件です。
それぞれの選手の言動を批判することは一向に構わない。
大いに批判はやるべきですが、しかし言動(品格や行儀作法)を理由にして競技に参加させないなどは、競技団体としての存在理由そのものを問われている。
競技団体とは、選手が試合で実力を発揮できるようにサポートすることが本来の役目ですよ。
ところが一番成績の良い朝青龍千葉すずでは試合に出ることを競技団体が阻止したのです。
今回も日本スキー連盟が国母選手の品格を理由に試合出場を妨害し、強制帰国(本国召還)させ様としていたのです。
こんな選手の試合参加を阻む競技団体は、そもそもの存在理由が有りません。
日本のためにも個々の選手の為にも即刻解散して組織に巣くう頑迷固陋なアナクロリズムの長老たちを追放して根本から改革するべきです。

『美や品格は個人の主観(内心)』

『美しい』とか『品格がある』とかには科学的な客観的基準が有るわけではなく主観の問題なので、自民党安倍晋三首相の『美しい国』が(客観的で有るはずの)政治的スローガンであるよりも宗教的な意味合いがあり、何とも奇怪で胡散臭い。
我々一般市民にとっては意味不明、理解不能なのですが、今回の国母選手の『見苦しい』(美しくない)『品格』といくらかは関連してくる。
あの格好は『プロ』のスノボ選手の国母和宏にとっては『服装の乱れ』どころか『正装』らしいのですよ。
個人によって美とか品格の基準が違い、他人と同じ格好をするほうがスノーボーダーにとっては『恥ずかしい行為である』に変化する。
これは東京オリンピックの時、他国の選手団に比べて最大人数の日本選手団がほかの国が誰も真似できない一糸乱れぬ分列行進をして(おまけに)しかもファシスト党ムッソリーニそっくりの片手を高々と挙げる敬礼(挨拶)をして外国人たちの顰蹙をかったことがあるが、あれと全く同じで基準となる『美』や『品格』(内心)が根本的に違う。
同じ完璧な分列行進を美しいと見るか恐ろしい(醜い)と見るかは、見られる側の問題以前に、『見る側の主観』(内心)の問題なのです。
外国人でなくとも、同じ日本人でも高校野球の甲子園の開会式の入場行進を、『美しい』と思う人が沢山いる。
ところが私のように正反対に神宮外苑の学徒動員の映像を思い出して不愉快で『見苦しい』と思う人もいる。
基準が其々違うから『個性』であり、『違うから悪い』にはならず、『違うことは良いこと』であり『存在理由が有る』とも考えられる。
イヤホーンで音楽を聴きながら演技するのが当たり前のスノーボードの世界で、しかも団体競技なら集団との調和は大事かもしれませんが個人競技の世界大会で勝つため秘訣は『誰にもない、その人独自の個性』や『創意工夫』であり、周りと違う『独創性』ですが、全日本スキー連盟(SAJ)や日本オリンピック委員会(JOC)は大相撲と同じ伝統芸能の様式美を追及する心算の様です。
個人の主観に過ぎない『品格』とか『美意識』とかが『普遍的な価値観』で有るとでも勘違いしているのでしょうか。

『主観、客観の意味するものは』

主観については、『何が美しいか。?』『何が品格となるか。?』などはそれぞれの個人個人や、個人の集合体としての集団により異なっており、個人の主観(内心)にすぎない。
美しさや品格に夫々違いが有り、その『違い』を尊重することが民主主義の基本で、今回の国母騒動や朝青龍騒動のような多数決原理だけなら民主主義ではなく全体主義ファシズム)になる。
何故なら個人の『内心』とは聖域であり、『何人たりとも犯されない権利が有る』とするのが民主主義の根幹である基本的人権の根本的な考え方です。
客観については、
我々一般の市民でも、政治や軍事、経済などでは自分(個人)が如何思うか(内心)など、観念的な問題はどれ程の意味もない。
この場合には、『事実は如何であるか』等の唯物的な問題だけが問題となる。
軍事では田母神のように(自分は)『如何解釈できるか』は何の意味も無いのですが、可哀想に彼には主観と客観の区別がついていないのです。
『軍事』では正しい現状認識が全てに優先されるのです。
正しい現実認識が出来なければ命が無くなるという意味では登山なんかもこれに当てはまる。
自分(あるいは他の誰か)が何を思うかではなく、『現実の事実は如何なっているのか』だけが意味がある問題も世の中には多くある。
政治、経済、軍事、外交、科学などはこれに当てはなるでしょう。
軍事や経済など政治問題では科学的事実から離れた内心の自由はそもそも存在しない。

マリーシア

旧軍の話ですが、彼等は悪いことでも戦闘(戦争)に利用できそうなことは何でも奨励していたのです。
勝負の結果(勝ち)だけに関心があり、それ以外(品格?)なんかは何の価値観も見いだしていなかった。
例えば軍隊内の泥棒は見つからなければ良い事として奨励されていて、厳しく罰せられたのは被害者の方だったのです。
しかし、周りの他の兵士から盗めばその結果がどうなるかが判っているので私の父は盗まなかった(自分の主義が邪魔して盗めなかった)。結果、毎度毎度凄まじい凄惨な制裁が行われることになる。
スポーツ用語のマリーシアとは、
元々はポルトガル語で『ずる賢さ』を表す単語で、主にサッカー界で使われるが意味するところは、『審判にバレない反則は反則とは呼ばない。それは高等技術と呼ぶ。』で、ネガティブな意味で使われることは少なく、一流選手の証が『如何にマリーシアを行えるか』なのですが、
今の日本のサッカーが日韓共催のワールドカップ以外には一勝も出来ない原因も多分マリーシアを行う技量がないからでしょう。
そして旧軍はマリーシアのオンパレードだったのです。
勝つためには何でも有りで許されるが、其の反対に正直に規則を守って負ければ厳しい制裁がまっている。
マリーシアの意味の『反則ぎりぎり』どころか、『反則そのもの』までも奨励していたのです。
軍隊内での銃剣術の稽古では敗者には理由のいかんを問わず苛酷な制裁が課せられる。
旧軍のこの体質を知り抜いていた私の父親は『はじめ』の号令がかかる前に攻撃して油断している(規則を守っている)相手に連戦連勝する。
何しろ亀田の弟ばりに銃剣術の規則にない投げ技や足技や拳闘など反則なら『何でも有り』。これを叱るどころか上官は『敢闘精神が有る』として褒め称えていた。
日本のやった戦争は日清戦争でも日露戦争でも対中戦争でも対米戦争でも全てが(マリーシア的な)宣戦布告前の奇襲攻撃で始まっています。

『勝敗を争う競技(スポーツ)の価値観は「強さ」以外にはない』

大相撲の横綱の品格など、元々横綱には品格が有るのではなく(強い横綱に対して)周りがみんなして『横綱の品格を認める』から『品格有る横綱』が生まれる。
JOCや日本水泳連盟や日本スキー連盟や日本相撲協会などの考えている『品格』と『強さ』の関係は完璧に間違っているのです。
物ごとの順番が逆なのです。
スノボに限らずオリンピックのような世界大会で優勝する為には『品格が有る』は邪魔にこそなれ、何の役にも立たないのは勝敗を争うスポーツの世界の常識なのです。
『品格が有る』の正反対の『マリーシアを行える者』が勝つ。
ですからJOCや日本スキー連盟は『勝つな』と言っているに等しい事になります。
そして勝者には『品格』(正義?)も同時に付いて来る構造になっている。
全ての競技スポーツの世界では『横綱の品格』とまったく同じで、JOCの考えとは逆に、勝った者(メダリスト)に(周りが認めるので)品格が生まれてくるのです。

『相手の嫌がることを積極的にするのが勝負師』

一般社会の品格(礼儀)とは異なり、『得意技を出させず』相手の弱点を攻めるのが勝負の世界の『品格』で、相手に合わせて『得意技を出させる様に協力する』のはスポーツとは言い難いプロレスなど見世物の世界である。
勝負の世界では、余程の実力差があり絶対に勝てる相手なら相手のやりたいようにやらせるが、普通は『相手の良さをいかに殺すか』に全力を尽くして努力するのです。
だから自分が勝てる。
昔まわしを取れば横綱大関といえども吊り出しで勝てる明武谷という角界一の長身力士がいたのですが、対戦相手は明武谷がまわしを取れば滅法強いことを良く知っているので突っ張りが得意でない力士までが明武谷相手の時は突っ張って離れて相撲を取る。
両まわしを明武谷にがっちり取られて勝てる力士はそれほどいなかったのです。
だから対戦力士は必ず突っ張ったし横綱大関でもやっぱり突っ張っていたが、相撲が面白かった時代の力士たちは今の朝青龍のように勝負に拘っていたのですよ。
だから相撲はスポーツであったのでしょう。
対戦相手の弱点を攻めずに、相手選手が庇う様では最早スポーツではなくなっている。
網膜剥離でスポーツ生命に危険があるのでライセンスを取り消されていた元チャンピオン辰吉丈一郎の顔面を狙って殴るのが本当の勝負師といえるでしょう。

『実力の世界ではマリーシアが勝敗を分ける』

勝敗を争うスポーツでは如何に規則違反で失格にならない程度の悪事を働くことが出来るかで勝ち負けや一流と二流が決まるのです。
対戦相手に下剤入りオレンジを贈るなどは判らなければ大成功。体格のない10000メートルの松野明美がマラソンに転向したかった理由は体格の良い外国人選手の走行妨害のマリーシアを嫌っての事で、わざと体をぶつけるなどはトラックレースではある意味当たり前の常識ごと。
スキーのノルデック競技で一位になるような選手はマーリーシアでも一流で、わざとストックで他の選手を妨害したりスキー板を踏む反則になる一歩手前の汚い事が出来る選手だけが一流といわれている。
意識的に汚い事(マリーシア)が出来ない選手は二流でコンスタントには勝てない。
将棋の世界で数々の記録を打ち立てた大山康晴は、もちろん実力でも他の追従を許さない抜きん出た超実力者だったが、対戦相手が煙草嫌いならわざと煙を顔に吹きかけたり寒がっていたら立ち上がって窓を開けるなど勝つためには小さな汚い事も怠らなかったが、まさに勝負師の鏡ですね。
スポーツ(競技)では負けたものには意味が無く、勝つことだけに意味がある。勝つものが正義なのです。
そして旧日本軍は誰よりも其の事実を良く知っていたが、敗戦から65年が平和に戦争無く経過して何時の間にか『勝てば官軍、負ければ賊軍』の厳しい掟、かっての日本人全員が知っていた『知識』(常識)は完全に失われてしまったのだろうか。?
本来は勝敗を争うスポーツの世界で、日本だけは正反対の『勝敗よりも品格重視』の世の中になっている様だが、何故このように日本人は『極端』から『極端』に走って仕舞うのだろうか。?
旧軍の常識は間違いで、たしかに短期戦では戦場の勝敗が絶対的な価値観だが、何年にもわたる長期の全面戦争では『戦争の大儀』(戦を行うための正義のスローガン)こそが勝敗を決定するの最大の要素であった。
ところが旧日本軍の徹底した『目の前の勝敗重視』の正反対の、現在の日本のスポーツ界の勝負事における『実力よりも品格重視』は競技(スポーツ)の根本原理(価値観)を無視した『スポーツの自己否定』に過ぎない愚行に他ならない。

英国王の悪口三昧だった品性下劣な250年前の米独立宣言

ミスディレクションMisdirection)崇高な「自由と平等」は付け足し

植民地時代から1776年独立宣言後、翌年1777年まで1年半も使われたアメリカの国旗は最悪の帝国主義(植民地主義)のイギリス東インド会社の社旗

250年前のイギリスは立憲君主制「君臨すれど統治せず」で60年間も続くジョージ三世時代。

当時のスペインやフランスロシアのような絶対君主制ではない(今の象徴天皇制の先駆けとなった政治に関与しない建前の)ジョージ3世イギリス国王の悪意ある誹謗と中傷に明け暮れた奇妙奇天烈摩訶不思議な怪文章が今では自由と平等、信教の自由を世界で初めて宣言したアメリカ独立宣言だったのである。

(★注、アメリカ独立宣言を全文読めば誰にでもわかる事実だが、何故か英国王に対する罵倒がメインであり、我々が学校の教科書で習った自由や平等云々は明らかに付け足しか何かのアリバイ作り、印象操作の辻褄合わせ程度の代物)

トランプさんのお陰で「風向き」が変わる

フランスとの7年戦争に勝利したイギリスが北米カナダを占領するが、フランス語話者(フランス人はカトリック)が多く住むケベック州統治に苦労した結果、1774年にカナダ地域ではカトリックに対する宗教弾圧を抑制する。

ところが、このイギリス政府の決定(カトリック信仰容認)に怒った(アメリカ本土に波及することを恐れた)元祖ファンダメンタルズ(キリスト教原理主義 現在の福音派)のアメリカ13州が米独立を行ったとの説がある。(★注、今回トランプさんのおかげで大きく風向きが変わり、本当は怖いワシントンやジェファーソンたちアメリカ建国の父たちの独立宣言に対するマスコミの今までのタブーが打ち破られる)

画像

250年前、1776年アメリカ独立宣言前後の1年半(1775年12月〜1777年6月)使われたアメリカの国旗(グランドユニオン旗)は、なんと麻薬と奴隷貿易で悪名高い帝国主義(最悪の植民地主義)のイギリス東インド会社旗と同一だった。

イギリス東インド会社の北米支社として出発したアメリカ合衆国  (2013/10/14 文化・歴史)

『不思議な国旗から見えてくるアメリカ合衆国のもう一つの姿』

記事上↑に掲げた不思議な旗は、1776年7月4日『アメリカ独立宣言』前後の1775年12月3日から1777年6月14日までの1年6ヶ月間使われたアメリカ合衆国旗(グランドユニオン旗)であるが、何と、イギリス東インド会社の社旗と同じだった。
唯一の違いは合衆国旗が左上カントン部分のユニオン・フラッグ(英国旗)がストライプ7本分(赤線4本白3本)でやや縦長で不恰好に見えるが、これは英国旗を何故か90度回転させて仕舞い、カントンの縦横の配置を逆にした為である
いかにもバランスが悪く不細工な記事上↑掲載の一番最初のアメリカ合衆国旗に対して、元となったイギリス東インド会社旗はカントンの大きさがストライプ6本分(赤線3本白3本)で、現在の星条旗(the Stars and Stripes)とまったく同じ配分になっている。

世界で最初、1600年に設立された勅許(国王が認可した)会社「イギリス東インド会社」の社旗

画像★注、英国によるアイルランド植民地化が完成した1801年からユニオンフラッグ(大英帝国の国旗)にはアイルランドの聖パトリック十字が加わっている

諸悪の根源として悪名高い(誰も知らない)イギリス東インド会社の社旗の不思議 

(イギリス東インド会社旗のカントン部分の英国旗は、1801年からはアイルランドのセント・パトリック・クロスが加わる現行のユニオンジャックに変わっているが、七つの海を象徴していると思われる社旗本体の白地に7本の赤い横線は最初から一貫して同じである)
ジョニー・デップ主演で大ヒットしたハリウッド映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』の敵役はイギリス東インド会社なのですが、不思議なことに何処にも社旗であるグランドユニオン旗が出てこない。
映画に出て来るのは大きなVに小さなoとcをあしらったイギリス東インド会社ロゴマークだけなのです。(しかもイギリスでは無く、オランダ東インド会社で「国名」が完璧に間違っている)
他愛の無い娯楽映画なのですから時代考証が間違っていても一向に構わないのですが、それ以外でも同じ扱いであるから面白い。
歴史教科書から世界のニュースまで、ありとあらゆる全ての公の映像の中では、不思議な事にイギリス東インド会社旗(グランドユニオン旗)が出て来ない。
もちろんイギリス東インド会社旗とそっくり瓜二つの初代アメリカ国旗の、不都合すぎる映像も公的な場所では出て来ないのである。
宗主国からの独立(植民地解放?)の美しい神話のアメリカ合衆国旗と、悪しき植民地主義の象徴的なイギリス東インド会社旗。
180度反する両者が、同一のグランドユニオン旗を使用していた歴史的事実は正義のアメリカとしてはイメージが悪すぎる。
不都合なアメリカの歴史を何とかして隠したい。誰にも知られたくないのである。

『超ウルトラ巨大な「関東軍」としてのイギリス東インド会社

1600年にイギリス東インド会社が勅許会社として設立される。
その2年後、世界最初の株式会社組織として1602年に設立されたのがオランダの東インド会社である。
設立当初のイギリス東インド会社は、遠征航海ごとに出資者を募り貿易や略奪で得た利益を配当として分配する方式だったので、最初に出資者を集めて成功報酬をプールして配当として配る株式会社方式のオランダ東インド会社よりも継続性や計画性で劣っていた。
株式方式のオランダの成功に刺激されてスウェーデン東インド会社 、デンマーク東インド会社 、フランス東インド会社などが次々と設立される。
貿易の独占権を認められ、17世紀から19世紀半ばにかけてアジア各地の植民地経営や交易に従事した。
イギリス東インド会社は貿易を独占しただけではなく植民地経営の全てを独占していて、イギリス本国以外の徴税や通貨発行、法律施行から独自の軍隊を保有して反乱鎮圧や他国との戦争を行うなど『国家』としての全ての機能を有していたのです。
例えるなら日本政府の不拡大方針に反して暴走して仕舞った挙句、自分勝手に張作霖爆殺や満州事変を引き起こして満州国を創った旧関東軍の超巨大な、国家の中の『国家』ともいえる株式会社なのである。
大成功した東インド会社は、巨大な文明圏だったインドの完全植民地化成功直後の1874年6月1日に突如解散している。

アメリ東インド艦隊所属だったペリーの黒船』

72年前の1941年12月8日、日本は米国のハルノート経済制裁を目前にして山本五十六連合艦隊が当時はアメリカの植民地だったハワイ諸島真珠湾に集結していたアメリカ太平洋艦隊を先制奇襲攻撃する大博打に打って出る。
日本軍がハワイの米軍を奇襲攻撃する88年前の1853年、アメリカのペリー提督は捕鯨船の補給や寄港地を求めて、4艘の黒船を率いて浦賀に来航して260年間鎖国していた日本に開国を要求。居丈高なアメリカの砲艦外交に対して、まったく予期していなかった外交力ゼロの無能な幕府は右往左往して時間稼ぎしか出来なかった。翌年に9艘で再度来航したペーリー艦隊に対して日米和親条約を締結して開国した、とするのが今の通常の教科書的な歴史認識なのです。
ところが、日本に開国を要求した黒船(ペリー艦隊)の名称は太平洋艦隊ではなかった。
実は、黒船がアメリ東インド艦隊だった事実は些細な事として、日本国ではそれほど注目されていないが、多分これが一番重要な隠された真実を含んでいるのである。
アメリカの黒船来航を今までの通常の歴史で見ると真実が分からないが、『ペリーの黒船来航』の言葉を、『米東インド艦隊の来航』と置き換えるだけで、美しい正のイメージが恐ろしい不のイメージに変化するのである。

『明治政府による印象操作』

そもそも当時の日本(幕府)は鎖国をしていなかった。(「鎖国」が一般に普及する時期は明治時代以降である)
アメリカのペリーが要求したと言う捕鯨船の補給であるが、1840年に欧米列強に武力制裁の口実を与えない為に幕府は天保薪炭補給令を出している。
イギリスとのアヘン戦争に破れた中国が屈辱的な半植民地化政策である南京条約を1940年に無理やり結ばされた不穏な世界情勢に敏感に反応して、江戸幕府が即座に対応しているのであるから驚きだ。
それなら表向きのペリー来航のアメリカ政府の目的は、幕府によって13年も前に実現していたのである。
文明国アメリカと未開で野蛮な日本との『未知との遭遇』は後世の作り話である。
日本は友好国だったオランダを通じてほぼタイムラグ無しに世界情勢に通じていた。
ペリーの東インド艦隊の来航は、幕府にとって何年も前からの知り尽くした懸案事項だったのである。
そもそも我が日本国は大昔から奴隷制や麻薬を禁止していたが、当時のアメリカは公然と人間を市場で競りにかけて売りさばく極悪非道な奴隷制の国家であった。
イギリスが麻薬を禁止したのは第一次世界大戦末期の1917年の話で、それ以前ではアヘン等の麻薬の吸引などは野放し状態で一般市民とか子供でも鎮痛剤として使用していたのある。
日本が列強に軍事力で劣っていたのは事実であるが、道徳とか人道的に見れば欧米の方が余程野蛮で未開だった。

『摩訶不思議な、現在のアメリカ政府の組織形態』

日本で一番実力があると思われる保守政治家、元自民党幹事長で民主党代表だった小沢一郎が首相目前でゼネコンの西松建設からの闇献金疑惑で失脚してほぼ政治生命を失ったが、小沢疑惑などはアメリカでは絶対に起きない種類の話である。
何故アメリカでは日本では続発する小沢疑惑が起きないのか。
理由は簡単で、日本では財界と政界とは別々であるので闇献金が生まれるが、アメリカは政界と財界が最初から一心同体。
献金するも何も、同一人物なのですから最初からまったく必要性が無いのである。
マイケル・ムーアの『アホでマヌケなアメリカ白人』と言う過激な題の本で、アメリカのブッシュ政権の閣僚たちを紹介しているが、財界と関係の深い人たちなどと言うものではない。
財界人そのものなのです。
副大統領ディック・チェイニーは、政権に入る前は石油会社大手ハリバートン社のCEO(最高経営責任者)、財務長官ニール・オニールは、入閣前は世界最大のアルミ会社アルコアの会長、農務長官アン・べェネマンは、遺伝子組み換え食品の会社カルジーンの役員、商務長官ドン・エバンスは石油・ガスのトム・ブラウン社の会長兼CED、国防長官ドナルド・ラムズフェエルドはGDサール製薬会社とジェネラル・インストルメント社のCEOだった。
何のことは無い。財界が内閣を組織しているのである。

『株式会社としてのアメリカ合衆国

現在のアメリカ政府を日本に例えるなら、政権トップの安倍晋三首相だけは有権者間接選挙で選ぶ。ところが他の閣僚は全員が選挙とは無関係に首相指名で自由に選ばれる。
経団連の米倉会長が副首相で京セラの稲盛和夫ユニクロ柳井正オリックス宮内義彦楽天三木谷浩史が有力閣僚として政府を牛耳って、やりたい放題好き勝手にしているのである。
政治が財界に乗っ取られているのも同じで、これなら財界が政治家に陳情するなんて手間も省けるし、請託を受ける必要が無いから汚職も無い。
アメリカの不思議ですが資本主義の効率優先の極まった形と見るよりも、昔はイギリス東インド会社の北米支社だった、『株式会社アメリカ合衆国』と考えると実に分かり易い。
権威とか名誉(世間体とか見かけ、評判)を重んじる『国家』とは大きく違い、営利組織である株式会社が追及するのは露骨に利益と効率(株主への配当)である。
アメリカ合衆国が近代文明国家としては例外的に、最後まで恥ずべき奴隷制を行った摩訶不思議な謎も、『国家』としてではなくて利益と効率優先の『株式会社』(東インド会社アメリカ本店)だったからと解釈すれば、誰にでも簡単に理解出来る。
世界に例が無い100%民間が所有するドルの発券銀行であるFRB(連邦準備理事会)とか、前代未聞の公的医療保険に反対するアメリカの連邦議員など、今までの数々の不思議も簡単に解消する。
単にアメリカ合衆国が『国家』ではなく『株式会社』だったから何よりも利益が最優先されるので、不思議でもなんでもなく当然の結果なのである。

『中国抜きには語れないベリー来航(アメリ東インド艦隊)と日本』

日本史教科書の説明である、1853年のアメリカのペリー提督は捕鯨船の補給や寄港地、日本との交易を求めたとの記述は、捕鯨船の補給の部分は1840年に幕府から出された天保薪炭補給令によって意味を為さない。
アメリカが軍艦の大艦隊を送るまでもなかったのである。
それなら貿易相手としての日本との交易目的が残るのですが、それも疑わしい。
1854年に九艘の大艦隊で再度来航したペリーは念願の日米和親条約を結ぶが、日米通商条約の交渉役として伊豆下田に派遣されたのは2年も経った1856年(安政3年)である。人数は初代駐日領事のタウンゼント・ハリスと通訳のヒュースケンのたった二人だけだった。
ハリスは教育者としては有能だったかもしれないが外交官としては素人同然で軍人としての経歴も無い人物だった。(日本到着の4ヶ月前にシャムとの通商条約締結でハリスはバンコクを訪問)
イギリスがやり手のベテラン外交官オールコックを日本に送ったのとは対照的なのである。
しかもハリスの秘書兼通訳を務めていたヘンリー・ヒュースケンは1861年(万延1年)に尊皇攘夷派浪士に襲われ殺されているのに、アメリカは海兵隊員の護衛など一切行っていない。(悪く勘ぐればハリスは対日開戦目的での捨て駒扱いの一民間人)
当時のアメリカが本気で日本との通商条約を急いでいたとは到底思えないのである。
アメリカは公職経験が一度も無い素人外交官のハリスを本国から派遣したのはなかった。何と中国からなのです。
今でもペリー艦隊の旗艦サスケハナ号の姿が東京のアメリカ大使館に飾られていると言うが、1853年の米東インド艦隊が来たのも本国アメリカからではなく中国からだった。
もちろん浦賀来航後にアメリカの東インド艦隊が向かった先も、やっぱり中国の上海だったのである。
今までのフィリッピン経由ではなく日本と言う便利な中継地を得ることで、中国の上海とニューヨークを世界最短の25日間で結ぶシーレーンの確保が出来れば、アメリカはイギリスやフランスなど競争相手(商売敵)の欧州諸国より俄然有利な立場に立つことができる。
19世紀当時のアメリカのペリーの黒船が、『太平洋艦隊』ではなくて『東インド艦隊』と名乗ったのは不思議ではなくて、歴史的にも現実問題としても当然だったのです。

アメリカ革命の謎(半沢直樹的な100倍返しか)』

フランス革命(1789年)の13年前の1776年がアメリカ革命(いわゆる独立宣言)の年である。
イギリス本国と、アメリカ東部沿岸のイギリス領の13の植民地との戦争であるアメリカ独立戦争(1775年~1783年)は、アメリカ側の正式な呼称はthe Revolutionary War(革命戦争)である。
何故か、肝心の米国国内では1776年は『アメリカ独立』の名称ではなくてThe American Revolution(アメリカ革命)と呼ばれているのです。
1776年7月4日の『アメリカ独立宣言』(The Declaration of Independence)以外、アメリカでは全て『独立』ではなく、一貫して『革命』の名称を使っているのですから不思議である。
摩訶不思議なこの謎解きは『イギリス東インド会社』のピースを加えるだけで、全ての疑問や不思議が簡単に解明出来る。
前提の『イギリス本国と、イギリス領のアメリカ東部沿岸の13の植民地の戦争』が、そもそも間違いだった。
今の歴史教科書をうっかり読むとアメリカ東部沿岸はイギリスの直轄植民地であったかに描かれているが、実は植民地経営はイギリス東インド会社の独占事業であり、13植民地も例外では無い。
アメリカがイギリスから独立するきっかけとなった1773年12月のボストン・ティー パーティー事件の主役の『お茶』はイギリス東インド会社のもの。
植民地(アメリカ)の徴税権は本国イギリス政府には無くて、イギリス東インド会社が独占的に握っていたのである。
東インド会社ロンドン本店(上司)の横暴に対する、アメリカ13支店(部下)の反乱なので『独立』ではなくて、上下関係が逆転する『革命』の名称が使われたのでしょう。
イギリス東インド会社内の『下克上』である。
ドラマ半沢直樹的な100倍返し(革命)だったのである。

『丸ごと擬装されたアメリカの歴史』

日本の関東軍が1932年に創った人造国家満州国の国旗は、アメリカの星条旗の精神でデザインされたと言われるが、関東軍満州国は麻薬とは切っても切れない深い関係がある。
野蛮で非人道的な奴隷貿易を非合法化したイギリスの後を引き継いだのはアメリカ合衆国だった。
麻薬貿易でも中国に持ち込んだアヘンの4割以上がアメリカ船であった。
昔のアメリカは奴隷商人であるばかりか麻薬の売人だったが、イギリス東インド会社アメリカ独立支店と考えれば何の不思議もない。
イギリス東インド会社からの独立なのに、公的なアメリカ史に『イギリス東インド会社』の文字が1回も出てこないのも、逆に考えれば当然だった。
徹底的に消したのである。
独立したアメリカ合衆国政府が当初イギリス東インド会社旗を、そのまま自分たちの国旗にしていたのは当然であった。
逆に東インド会社旗以外の、他の旗を選ぶ方が有り得ない話である。
アメリカ国旗のカントン部分の英国旗を90度回転させて元々のイギリス東インド会社旗と微妙に違いを出したのも当然だった。
原因が分かれば答えは簡単で、それ以外の選択肢は最初から無かった。
アメリカ史を丸ごと擬装した』以外、何の不思議もなかったのである。

『例外が一つも無い、徹底しているアメリカ流の歴史修正主義

アメリカ製のハリウッド映画に出てくるイギリス東インド会社のマークが、『大きなVに小さなoとcをあしらった旗』である。
ところが、英語の東インド会社ならEast India Company(EIC)なので絶対に頭文字はVOCにはならない。
表している『国』(ロゴマーク)が丸っきり違っていて、オランダ東インド会社オランダ語(Vereenigde Oostindische Compagnie)の略称VOCをロゴにしたものだった。
ちなみにオランダ語 のVereenigdeは連合Oostindischeは東インド Compagnieは会社で、頭文字がVOC、ハリウッド映画ですが、何とも不思議であり政治的に偏向したインチキ。
そもそも『東インド』の意味ですが、インダス川の東の意味。コロンブスアメリカの東側の諸島を西インド諸島と間違って命名したこととも関連している。
インドや東アジアとの交易を目的に東インド会社を1600年にイギリスで作られた。
その二年後にオランダもイギリスに続き東インド会社を世界で初めての株式会社として設立し、少し遅れてアメリカ大陸用に西インド会社を1621年に設立。北米に進出。イギリスの東インド会社とオランダの西インド会社が植民地争奪戦を繰り返すが、最終的にはイギリスが勝利してオランダやフランスを駆逐して、メキシコ以北のアメリカを全部イギリス領にする。
アメリカ利権の独占を狙ってイギリス東インド会社の北米支社がイギリス東インド会社のイギリス本社に攻撃を仕掛けたのが240年前のアメリカ独立だった。
何やら規模が違うだけで、少し前にあったどろどろの醜い兄弟や親子の親族間の利権争いそっくり。日本の大塚家具や、ロッテの日本本社と韓国支社の争いと同じ構造だからアメリカでは植民地解放の『独立』とは呼ばず、『アメリカ革命』と呼んでいるのでしょう。





麻生太郎自民党副総裁の天皇簒奪劇(宮廷内クーデター)皇室典範改正案

(私利私欲で暴走する)麻生氏の思い、誰ぞ知る=伊藤智永

 

 約600年前の室町時代に天皇家から分かれた旧宮家出身の男性というだけで、昨日まで民間人として暮らしていた人を、養子縁組で「にわか皇族」に仕立てようというまこと奇っ怪な皇室典範改正が、7月17日会期末の今国会で実現するかもしれない。

一説に15歳以上というから今、高校生かもしれない。真剣に交際している一般人の彼女(属性不問)がいて、いずれ二人の意思で結婚したら、やはり皇族になる。二人の子が男なら、「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」たる天皇の有資格者らしい。

 

 残り773文字(全文1015文字)

毎日新聞の有料記事だが、昭和史の泰斗伊藤智永による渾身のあっと驚く世紀の大事件(麻生家による天皇制簒奪の宮廷内クーデターもどき)の告発記事。とんでもなく大事な記事なので大部分を文字起こし(一部修正)すると

 

いくら想像しても現実離れした法改正の旗を、自民党の麻生太郎副総裁が遮二無二振り回している姿が、もっと釈然としない。

月刊誌「文芸春秋」7月号の座談会で、政治学者の御厨貴氏が、麻生の振る舞いが不信を抱かせる核心をズバリと突いた。

 

麻生太郎の実妹が長く別居している(アルコール中毒の「髭の殿下」男系DNA発言で有名)三笠宮智仁(ともひと)妃の信子(71歳)である。ところが、去年9月三笠宮家を離れ、新宮家を創設し当主に就任していた。

国民には寝耳に水。

(長い皇室の歴史でも高齢の寡婦による新宮家創設は前代未聞、珍事中の大珍事)異例の処置で、理由や経緯の制裁は分からないが「新宮家に養子が取られたら麻生が天皇の外戚になり、平安時代の藤原氏のようになる。政治的権力者と天皇の権威との距離がぐっと近くになって、皇族の政治的中立性が揺らぐ可能性もある」(政治学者の御厨貴の解説)

 

 

 

なぜ「愛子天皇」を恐れるのか…"キングメーカー"麻生太郎氏が男系男子にこだわり続ける納得の理由政界と宮中を握る「麻生一族」華麗なる宿縁

 

 

 

 

奇妙な疑似共同体「絆社会」ガラパゴス日本の「証拠隠し」隠しを制度的に行う「優良証拠制」(最良証拠主義)

 

 
公費を使って捜査段階で集まった膨大な証拠や証言類は本来なら公共財(全国民の財産)であるが、警察検察が自由に使える私物扱いなのである。
 
巨大なガラパゴス島奇妙な疑似共同体「絆社会」のわが日本国は世界基準とか民主主義では当然の、警察など公権力による)捜査時点で集まった全証拠の開示を行わない。(★注、現在でも刑事訴訟法には「全証拠類の開示」との記述があるが罰則がない努力義務程度の意味なので、だれ一人守るものがない絵に描いた餅)
無罪の心象の証拠類を故意に隠し、有罪証拠だけに限定して開示するので我が日本国の刑事裁判は99.9%必ず有罪になる。(★注、半世紀前の1966年の静岡県の1家4人殺人放火「袴田」事件だけではなく最近でも2020年神奈川県の公安警察がでっち上げた細菌兵器製造疑惑「大河原化工機事件」では確実な有罪証拠が無かったので偽造まで行う警察検察の腐敗堕落極まれり)
 
刑事事件の有罪率99.9%(無罪率0.1%)対して再審請求可決(冤罪の疑い濃厚)は0.2%
 
再審請求は年間200件程度と分母が大きく違うが世界一安全な我が日本国は刑事事件(年間10万件弱)の二倍もの「広き門」???なのである。
それなら自民党から共産党なと与野党政治家マスコミ有識者も全員が口を揃えて主張する再審請求時の検察側の抗告の禁止云々ではなくて地裁や高裁などで極めて稀な検察側敗訴「無罪判決」での検察側の上級審への控訴の原則禁止こそが本筋であろう。(★注。アメリカの陪審裁判で無罪が出た場合には検察側に控訴権がない。日本の刑事裁判のように検察警察が有罪証拠しか出さないので、99.9%有罪になる「優良証拠性」最良証拠主義の無罪判決なら自動的に検察が控訴を自粛するべきである。基本的に今のマスコミの報道姿勢がインチキ。胡散臭すぎるのである)
 
すべての刑事事件で全証拠類の開示を訴える袴田元死刑囚90歳の姉の袴田秀子さん93歳
 
元プロボクサー袴田巌さんが静岡県の一家4人殺害放火事件発生1年後に逮捕されたのが60年前の1966年。
捜査段階での取り調べ室での拷問まがいの厳しい扱いに耐え兼ね無理やり自供させられたと無罪を主張するも1968年に静岡地裁で死刑判決を受ける。
1976年には最高裁で死刑が確定。
しかし1981年の再審請求で2014年に検察側がようやく開示したのが有名な「犯行時に被害者の血が付いた衣服を1年後に味噌タンクで発見した」(検察警察が隠し持っていた)カラー写真で、2023年の再審開始と2024年の無罪確定の決定的な物証となる。
そもそも半世紀前の静岡地裁の刑事裁判開始では「捜査段階での自白だけで」有力証拠がゼロなので日本国憲法38条で自動的に無罪しか出てこないのである。
それをひっくり返した警察のウルトラCの超絶裏ワザが「事件発生から1年後に見つかった鮮明な赤い血痕が付いた衣服」(決定的証拠の偽造)だったのである。
 
★注、
警察検察側が半世紀も秘密にして、隠し持っていた鮮明な血痕を映した(低能の下手人が検察か警察かは不明だが、明らかな偽造証拠の)カラー写真を、⇒実は半世紀前の時点で静岡地裁に提出していれば、いくら裁判所の裁判官が目が節穴で頭が空っぽの低能ぼんくらでも少しは疑問に思うし、ましてや死刑判決など出せるわけがないのである。辻褄があっているようで少しも辻褄が合わないのである。
 
その理由は簡単明瞭で、すべてはマスコミ有識者や与野党政治家が主張する「再審請求」云々の話ではなくて全ては奇妙な疑似共同体「絆社会」ガラパゴス日本の優良証拠制「最良証拠主義」に由来していた。(しかし我が日本国だけの優良証拠制(最良証拠主義)の奇習を、「赤信号みんなで渡れば怖くない」と挙国一致の大政翼賛会で必死で隠すから辻褄が合わなくなる。
 
再審法 国民的議論を 小川秀世・弁護団事務局長に聞く 袴田さん ...小川秀世弁護士(袴田事件主任弁護人)73歳 出典:中日新聞
 
1984年弁護士登録すると同時に日弁連袴田事件再審弁護団に加わり、現在は弁護団事務局長として辣腕を振るう小川秀世弁護士は、
「検察官はすべての証拠を見て、自分たちに有利な証拠だけで起訴している。」と述べ、証拠開示の範囲を限定する政府案について「すべての証拠を開示しない限りは、検察官が公正にやっているかどうかは分からない。」
また無罪判決確定で冤罪が明らかになった後、自身がかかわった国家賠償請求訴訟では、「見たこともない証拠が次から次に出てくる。被告人と弁護側にだけ(証拠の閲覧で)規制がある。本当に不公平だ」と怒りをあらわにしました。
 
袴田巌元死刑囚の姉の袴田秀子さん93歳

 

 

 

 

 

 

 

情報技術の進歩で思考消滅(ディストピア小説「1984年」と同じ社会)

2022年7・8「消えた弾丸」安倍殺しのように、1963年11月22日に衆人環視のな中で暗殺(公開処刑?)されたジョン・F・ケネディ第35代アメリカ大統領

ジョンソン大統領による76年間(2039年まで)の情報凍結

JFK暗殺で副大統領から昇格したリンドン・B・ジョンソン大統領は、ウォーレン委員会を設置し(CIAの下級工作員の捨て駒)元海兵隊のオズワルドのよる単独犯行だったと断定、「無実の人々の人権を保護するため」と声明を発表してケネディ暗殺に関する資料を機密情報として関係者が全員死に絶える2039年まで非公開による。

(★注、大事な外交機密でも30年で公開するアメリカで、76年間もの度外れた長期間の情報凍結「国家機密指定」とは、単純な刑事事件ではなくCIAやFBI・米軍など国家ぐるみの謀殺だったとの何よりの証拠)

1979年米下院暗殺調査特別委員会(HSCA)は1964年のウォーレン委員会報告書「リー・ハーヴェイ・オズワルド単独犯行」説を真っ向から否定し、「陰謀があった可能性が高い」と結論づけるが、残念ながら陰謀主体のCIAなど具体的な特定には至らなかった。HSCA報告を受け、1992年にJFK暗殺記録収集法(通称JFK記録法)が成立(パパブッシュが署名)し、暗殺関連の政府記録を25年以内(2017年まで)に原則公開することが義務付けられた。

ところが2017年の第一次トランプ大統領が極悪戦争やの米民主党やリベラルメディアの胡散臭いロシアゲートの弾劾騒動やCIAやFBIの徹底抗戦に腰砕け。現在に至っている。

それなら今回、長谷川真理子が言うように後13年後2039年(最初の76年間ものジョンソン大統領の機密解除期限)まで待つ必要がありそうである。

 

時代の風

2026/5/17

情報社社会の進展

思考消滅社会の結末は

 

今の世の中は、多くの年寄りにとって、心地よいものではない。だから、私の知りあいの中で、もっと長生きしたいと望む人はそれほど多くはない。が、ある人は、もっと長生きしたいと言っていた。いつまでかと言うと、ケネディ暗殺をめぐるアメリカの公文書がすべて公開されるまで。あの事件の真相を知らずして死ぬことはできないらしい。

 私もそれほど長生きしたくはないのだが、幽霊か何かになって、この先の地球と人類の行く末を見届けたい、という気持ちはある。実際にこの世界に生きていない、遠い未来になったとしても、成り行きを見届けたいと思うのだ。

せめてジョンソン大統領の76年後2039年の日付でも書けばよいのに

何も知らない頭が空っぽで目が節穴のネトウヨとは大違い、高偏差値の「知的エリート」(エスタブリッシュメント)である長谷川眞理子は「知っている」し何とかして我々一般市民に「隠された真実を知らせたい」とも思っているのである。

ただし自分が一番可愛い、叩かれるのを死ぬほど恐れているヘタレなので、バッシングされないよう(誰にも分からない様)巧妙で曖昧な表現に徹しているので、読んでもやっぱり誰にも分からない。残念。

 

 

わざと中国とアメリカの戦争を煽る反日カルト高市早苗

rakitarouのきままな日常

2026年4月17日石破元総理の講演

4月17日に専修大学黒門ホールで石破茂元首相が出席するシンポジウムが開かれました。中東情勢が、ホルムズ海峡が閉鎖されたまま結ばれた米国・イランの一時停戦が注目される中、昨年トランプ氏と直接話し合った石破氏の話を聞こうと出席しました。主催者のジャーナリスト深月ユリア氏との一門一答で30分ほど話をされましたが、その内容をメモを元にまとめます。

講演する石破氏

 

(石破茂講演が)間延びしたと感じた理由

 

多くの日本人は「戦争」を「敗戦と荒廃に終わった太平洋戦争」の形でしか想像できていない。戦争は外交の一部(外交は国毎の我慾煩悩の調整)であって、外交で解決できない状況に追い込まれた際に特定の「目的」を持って「ゴール」(出口)を定めた上で法に基づいて行う(国権の発動)のが戦争である。

ただし国権の発動としての戦争は、日本国憲法で明確に禁止され、国連憲章でも禁止されている。(★注、そもそも第一次世界大戦の結果、我が大日本帝国も勿論当時の先進欧米諸国全員が批准したパリ不戦条約で自衛のための戦争以外は国際法上禁止されている。このためアメリカの海底電話回線を利用した日本政府が真珠湾奇襲攻撃前の電文も宣戦布告ではなく単なる対米交渉打ち切り通告だったし、第二次世界大戦以後に米軍が300万人以上殺した朝鮮戦争もベトナム戦争も宣戦布告を行っていない)

従って、いきなり日本が(相手国が)日本人皆殺しを目的にした戦争に突入する前提で討論するのは無理がある。核も海外派兵用の軍も持たない日本に対して、日本人皆殺しが国益に資する国があるという前提が異常すぎる。(抜粋)

 

 宗純 (id:shokunin-2008)

政界一の軍事オタク政治家で正直者の石破茂は「命令拒否は死刑か懲役300年に」発言(★注、命令違反ではなくて、命令拒否であることに注意)で有名なのですが、実はグローバルスタンダードで憲法9条のある日本国以外は世界常識を正直に語っただけ。
そもそも軍人に命令拒否権があれば、絶対に政治家が勝手に戦争を起こせない。ところが「命令拒否は死刑か懲役300年」なので世界中で戦争が起きているのです。

「台湾有事は日本の存立危機事態」(台湾有事で日本が自動参戦)との超おバカ(アメリカに対する忖度、過剰適応?)との国会答弁で猛烈に中国を怒らしている反日カルト(統一協会、国際勝共連合)に一番近い政治家高市早苗では、今回合同演習参加でフィリピンに向かう海上自衛隊の駆逐艦いかづちがわざわざ遠回りし台湾海峡を通過した。少し前には陸上自衛隊将校になり立てほやほや(幹部学校卒業直後)の男が九州大分県の基地を抜け出して刃物を持って中国大使館に侵入する事件が発生したが高市内閣は遺憾表明だげで一切謝罪するつもりがない。(★注、遺憾を辞書で調べれば、「期待したようにならず、心残りであること。残念に思うこと。」少しも謝罪の意味を含んでいない)

わざと中国との紛争を煽ているのです。
世界帝国アメリカは航行の自由作戦で何度も行っているが、わが日本国の武力装置の自衛隊軍艦の台湾海峡通過を1972年の日中国交回復(日中共同声明)以後長年自粛していたのですよ。
自衛隊の台湾海峡通過の最初が「消えた弾丸」安倍殺しの岸田文雄政権末期の2024年9月(2024年10月1日が石破茂首相就任なので、岸田文雄の最後っ屁。日中抗争の置き土産)

岸田文雄は2024年8月自民党総裁選出馬を断念、9月27日に高市早苗を僅差で抑えて石破茂は辛くも自民党総裁に選ばれるが、その2日前の9月25日に禁断の自衛隊駆逐艦の台湾海峡通過が断行された。(ただし日本の自衛隊単独ではなくオーストラリアとニュージーランド艦と台湾海峡を共同して通過した)
困った話であるが、何事もコロンブスの卵で、どんな困難な出来事でも誰かが行えば2回目からは簡単に行われるようになる。
何と軍事オタク石破茂は2025年2月と6月と短期間に自衛隊戦闘艦の台湾海峡通過を行ったのですから驚くやら呆れるやら。日本経済に一番関係が深い中国とわざと騒動を起こして損することはあるが良いことは少しもない。

★注、今回中国との騒動を煽りたい高市早苗は日清戦争敗北で台湾を完全植民地化(中国本土は半植民地化)する1895年明治28年)4月17日(日清戦争の)下関条約締結の記念日(中国の「屈辱の日」)を、わざわざ選んで台湾海峡通過を行っていた。相手が怒って当然の日本(高市早苗)の露骨すぎる愚かな挑発行為なのである。

 

 rakitarou

シビリアンコントロール

軍人の暴走を抑えるのがシビリアンコントロールで「これは良い事」とされているのですが、

今の米国は狂人シビリアンの暴走を軍人が職を賭して(30人が馘)止めるがそれも危ういのが現実。
高市狂人の暴走(自衛隊派遣を訪米時にトランプに献上)を周囲が羽交い絞めにして止めたというのも本当の様だし。なんともはや。

 

レベル7の核事故フクシマで起きた自衛隊の悪質極まる「サボタージュ禁止」が目的の石破茂「命令拒否は死刑か懲役300年に」

軍人の暴走を抑えるのがシビリアンコントロールで「これは良い事」とされているのですが、大日本帝国では「天皇の統帥権」を口実にして軍部(軍人)が政府(文民)の上に君臣して暴走、最後は国を滅ぼした挙句に最後は宗主国アメリカの属国もどき成り果てた。

2011年東京電力福島第一発電所のブラックアウト発生で民主党の菅直人首相がアメリカ軍に155mm榴弾砲を吊り下げ輸送出来るタンデムローター大型ヘリ(チヌーク)による電源車の空輸を頼んだが断られている。

(★注、当たり前です菅直人が米軍に頼む前に装備がアメリカと同じ自衛隊に空輸を指示したが「安全が担保されていない」とあっさり断られた)

そもそも自衛隊は「命令拒否は死刑か懲役300年」になっていないので、3号基の大爆発を見て浮足立って一般市民を見捨ててレベル7の核事故フクシマの現場から逃亡していた。(福島県南相馬市の避難所や市役所に「原発が爆破するので100キロ圏から逃げて下さい」と言い残して自衛t隊員全員が姿をくらました(無責任で心底腐っている傭兵組織の自衛隊の許されない怠慢をマスコミが忖度して全員で隠すから辻褄が合わないだけ)

肝心な時にシビリアンコントロールが機能しない腐敗堕落した世界帝国アメリカの軍事組織

第一次トランプ政権(ドナルド・トランプ第45代大統領)末期には米軍制服組トップのマーク・ミリー統合幕僚会議議長(陸軍大将)がアメリカ政府に内緒で中国(人民解放軍?)と直接接触していただけではなく、コロナ騒ぎに便乗したインチキ「郵便投票」を悪用して痴呆症老人居眠りバイデンが歴史上最大得票獲得を偽装した時に米軍司令官クラス連名で、もはや「現職大統領のドナルド・トランプには従わない」との共同声明まで発表している。(★注、見本にしたいような宗主国アメリカの宮廷クーデター)

確かにテレビや新聞などマスメディアでは連日米イスラエル連合軍によるイラン奇襲攻撃で大騒ぎしているのは事実ですが奇妙でいかがわしいディスインフォメーションの見本のような話で、たぶん何かのミスディレクション。(今も終わることなくダラダラ続いているアパルトヘイト犯罪国家イスラエルによるパレスチナの土地泥棒の大虐殺の蛮行を国際ニュースから隠したい。正に悪質な手品か詐欺の類である)

 

4月30日 毎日新聞(オピニオン)「余禄」

中国に進出している日系企業が気をつけなければならない日がいくつかある。
日中全面戦争につながる盧溝橋事件(1937年)が起きた7月7日、満州事変の発端となった柳条湖事件(31年)の9月18日などだ

▲反日感情が高まりやすく、宣伝やイベントを控えるのが半ば常識となっている。7月7日に新製品を発表するとの広告をネット上に出し、当局から罰金を科されたケースもある

▲中国とつき合う上でリスク管理は不可欠だが、それでも4月17日を意識している日本人は限られるだろう。1895年に清朝が台湾を日本に割譲した下関条約が締結された日である

▲海上自衛隊の護衛艦がこの日に台湾海峡を通過したことに対し、中国メディアが「意図的な挑発」と非難している。台湾を自国の一部とみなす中国は、海自の艦艇が初めて台湾海峡を通過した2024年9月以来、航行のたびに抗議してきたが、今回は反発のトーンを強めた

▲中国のネット上では、中国大使館に自衛官(高卒の防衛大学校ではなく大卒の幹部学校卒業直後の三尉)が侵入した3月24日が、131年前に条約交渉で山口県に滞在していた清朝の全権大使、李鴻章が暴漢に銃撃されて負傷した日と同じであることを強調する声も目立つ

▲相手国の意図を正確に認識できず、陰謀論のような言説にとらわれてしまえば、対立の激化は避けられない。日本が安全保障政策を転換している中、対外的にも丁寧に説明すべきだろう(以下省略)

 

「落ちこぼれ」が教官の防衛大学校  (2023/07/30 軍事、外交)

「商業右翼」を講師として学外から招く悪習 

脳みそが空っぽで目が節穴のネトウヨに大量破壊兵器

小泉進次郎氏(左)と握手を交わすソプラノ歌手の鶫真衣(代表撮影)
自民党大会で小泉進次郎防衛大臣と握手を交わす(陸上自衛隊中央音楽隊に所属)ソプラノ歌手の鶫真衣(三等陸曹)

敗戦後初めての大珍事

最も政治的中立が必要な軍事組織自衛隊(中央音楽隊)の初めての与党自民党大会出席も大問題だが、

鶫真衣(つぐみ まい)3等陸曹は、ネトウヨ業界では有名な存在でヤクザとカルト宗教の奇妙な混合物「日本会議」の各地で行われる色々な大会開催に際して陸上自衛隊中央音楽隊として歌唱して盛り上げていたのである。(★注、「日本会議の研究」著者菅野保によると有名な神道系右翼「生長の家」ではなくて、現在は破廉恥なアパルトヘイト犯罪国家イスラエルとずぶずぶの関係にある破壊的カルト教団「キリストの幕屋」が牛耳っている)

 

見出し画像

「武器輸出解禁」当日に起きた最新式「10式戦車爆発」(砲塔なのか砲弾なのかは不明)

天網恢恢疎にして漏らさず

靖国参拝(日本軍は悪くない)に拘る高市早苗政権によって長年の悲願である(敗戦後初めての)日本の武器輸出解禁当日に起きた三菱重工の最新式10式戦車の砲塔内部暴発事故で3人死亡1人重傷したが百数十年前の日露戦争の当時なら、それほど珍しくない。

21世紀だから大問題なのである。

腔発(こうはつ)とは、砲弾が砲身の内部で爆発する事故のことである。砲口から飛び出す前に砲身内で起爆するため、密閉された空間で本来の破壊力が搭乗員や砲手に直接及ぶ、軍関係者が最も恐れる事故の一つとして知られている。

2026年4月21日に大分県の日出生台演習場で10式戦車の120mm砲が砲塔内で破裂し3名の隊員が殉職した事故を契機に、「腔発」という普段は耳慣れない専門用語が一気にインターネット上の検索対象となった。本記事ではこの用語の意味、原因類型、そして日露戦争から現代までの主要事例を、入門者にも理解できる形で体系的に解説する。

日露戦争期:戦艦三笠と山本五十六の悲劇

1904年から1905年にかけての日露戦争は、日本海軍にとって大規模な実戦の最初の本格経験であったと同時に、腔発事故の集中発生期でもあった。

1904年(明治37年)5月、旅順港閉塞作戦において戦艦八島の12インチ砲と防護巡洋艦厳島の4.7インチ砲で腔発事故が発生。同年7月の黄海海戦では、連合艦隊旗艦戦艦三笠の12インチ砲で腔発が発生し、分隊長として乗り組んでいた皇族軍人・伏見宮博恭王(海軍少佐)が負傷した。

そして決定的な一戦となった1905年(明治38年)5月の日本海海戦では、戦艦三笠・敷島・朝日の12インチ砲、装甲巡洋艦日進の8インチ砲で立て続けに腔発が発生している。この日進には、当時海軍兵学校を出たばかりの少尉候補生・高野五十六(後の連合艦隊司令長官・山本五十六元帥)が乗艦しており、腔発事故により左手の人差し指と中指を失っている。

興味深いのは、これらの腔発事故の一部は当時「敵弾命中による損傷」と報告されていたことである。関係者への責任問題への発展を避けるためだった。しかし、敵弾の命中などの外圧によって砲身切断が起きることはあっても(そのまま無理に射撃しなければ)腔発が起こることは決してない。腔発は砲身内部での早期爆発によってのみ起こる現象である。この「責任隠蔽のため戦闘被害に偽装する」文化は、後の日本軍の事故処理文化にも影を落とすことになる。(抜粋)

2026年4月22日 

 

1972年最後のアポロから54年後。エイプリルフール(4月バカ)のアルテミス

NASAの「アルテミス2」打ち上げ成功、半世紀ぶりに月を目指す有人飛行へ


NASAの「アルテミス2」、打ち上げの瞬間

(CNN) 4人の宇宙飛行士を乗せて月周回に挑む米航空宇宙局(NASA)の宇宙船が1日(4月バカ。エイプリルフール)、フロリダ州のケネディ宇宙センターから打ち上げられた。NASAの「アルテミス2」計画の一環で、有人月探査船の打ち上げは1972年のアポロ計画以来、約半世紀ぶり。

宇宙船「オリオン」にはNASAのリード・ワイズマン、ビクター・グローバー、クリスティーナ・コックおよびカナダ宇宙庁のジェレミー・ハンセンの4宇宙飛行士が搭乗している。

歴史的な今回の月探査は危険を伴う。人類が地球を離れて宇宙を旅する距離は、アポロ時代の記録を塗り替える可能性がある。

NASAは打ち上げに向けたカウントダウンが始まる直前、打ち上げロケットの飛行停止システムに関する問題を解決したほか、バッテリー問題も修正したことを明らかにしていた。

打ち上げに使われたロケットブースターはわずか数分で燃料を使い尽くして役割を終え、宇宙船から切り離されて大西洋に落下する。

宇宙船は順調に上昇を続け、10日間の飛行に必要な電力を供給する太陽光パネルを展開している。

「子供騙し」というより、子供なら絶対に間違えない「裸の王様」的なお粗末勘違い

共同通信、毎日新聞や一部スポーツ紙が『53年ぶり』と書いている以外は、ロイター通信を筆頭に全部が「半世紀ぶり」と極めて曖昧表現なのが愉快。それにしてもアメリカNASAはわざわざ世界中が米イスラエル軍による奇妙で不気味なイラン奇襲攻撃1か月目の節目、それも4月1日のエイプリルフール当日に打ち上げたのだろうか。

(★注、最後のアポロ17号は1972年なので「54年ぶり」。決して「53年ぶり」にはならない。高偏差値の「知的エリート」(エスタブリッシュメント)なのに、普通の小学生より計算能力が劣っているのである)

1968年アポロ8号が自動撮影で偶然写した月面から昇る地球

2007年日本の月探査機「かぐや」の写した月面の精密画像より、人々が感動したのが月面の「地球の入り」や「地球の出」だった。(★注、月周回軌道のアポロ8号も月着陸船のアポロ11号もアメリカNASAは「有人飛行だ」と発表しているがソ連のルナシリーズと同じ無人探査だった可能性が高い)

1968年アポロ8号(月周回軌道)から58年ぶりの快挙

月周回軌道のアルテミス2は「58年ぶりの快挙」である。それを世界中の主要メディアが「半世紀ぶり」と忖度、斟酌して報道しているが実に不気味。彼らは何を恐れているのだろうか。

(★注、長崎原爆投下と同日、ドイツ降伏から3か月後の8月9日未明のソ連軍対日参戦で即座に無条件降伏した。ところが、その後、8月15日の「玉音放送」までの間、「どうか、日本が敗戦したことを察してくれ」との奇妙な記事を書き続けた日本の新聞社と同じ態度で実に不愉快だ)

米の月挑戦、53年ぶり 有人宇宙船、まもなく打ち上げ 機運・技術・安全の壁、空白生む

 人類が約53年ぶりに月に向かうことになった。米航空宇宙局(NASA)が早ければ米東部時間4月1日(日本時間2日)、宇宙飛行士4人を乗せた宇宙船を打ち上げる。月面に着陸せず、宇宙船で月を1周するだけだが、なぜ人類は半世紀以上も月に行けなかったのだろうか。(抜粋)

★注、唯一の覇権国家アメリカの実態が、実は中米のマヤ文明や南米アンデスのインカ帝国と同じで、高度な技術体形が何時の間にか(たったの半世紀で)完全に失われていたとの奇妙で不気味な話。記録類の保全(安全)のためには今のような電子機器(スパコン)利用は危険極まりない、永久保存を目指すならメソポタミアを真似て粘土板にする必要性があるでしょう。

月周回軌道とはいうが、現在の月と地球の距離は36万キロ弱(35万7000キロ)なので、アルテミスは国際宇宙ステーションの400キロの100倍の4万キロも月から離れたところをかすめることになるらしい。

 

アポロ11号飛行士の1970年謝罪会見 (^_^;)    (2019/04/09 アポロ11号・宇宙開発)

50年前の最新技術『人類として最初の「月面の第一歩」アポロ11号飛行士たちの苦悩と挫折』

Apollo 11 Press Conferenceとのタイトル(YouTube ユーチューブで現在も公開中 )で、人類最初の月面軟着陸の翌年の1970年にアメリカ政府(NASA)が主催して一般公開したアポロ11号の3人の飛行士がアメリカ国内で、大勢の人々を集めて記者会見(質疑応答)を行っていた。ところが、何かが変である。
彼等3人の様子が明らかに可笑しい。
『人類史上初めて』アメリカと言うよりも世界の歴史に名を残した英雄たちの凱旋時の記者会見ではなくて、ほぼ食品偽装の船場吉兆の謝罪会見の様な不可解で異様な雰囲気(緊張感)なのである。(1時間半もの長時間の吊るし上げ状態)

DEEPLY JAPAN

『月面着陸:全く喜ばしくないイベントだったかのような会見』
2019-04-04 18:11:00 | 太平洋情勢乱雑怪奇

・・・おおお、となったのは、月面着陸から1年も経たない1970年に行われた、オルドリン、アームストロング、コリンズの3名によるインタビューのリンク先を見た時。
・・・これはもう、科学的ディティールについてのどの情報よりも、これって絶対おかしいと思わされるに十分。

英語ができなくても、まず開けてみて、適当にぱらぱらスライドさせてみれば誰でもわかる。まったく喜ばしいものが彼らから出てこない。すごいですよ、これは。だって偉業を達成した人たちのはずなんですよ!!

1分とか10分とかじゃなくて1時間以上あるので、部分的に取り出してどうだこうだという話ではない。

ほとんど全編お通夜みたい、とまず思った。絶望的に喜びの感情がない。実に実に実に、ぎこちない。

いや、しかし、お通夜というのも違う。お通夜には悲しいという率直な感情がある。そうじゃない、これは尋問だ、と、そういう感じ。

見るとコメント欄でも、ニュールンベルグかよ、みたいなのがあって、やっぱりそう思うよねぇとか思った。3人の表情は、悲しみというより恐怖、困惑に支配されている。
(抜粋)

1969年12月(人類最初の月面着陸から半年後)日本での歓迎集会でのアポロ11号の3人の飛行士ですが、この時もやはり全員に笑顔が無い。この時、アポロ11号飛行士たちが日本へお土産に持ってきた『月の石』と称するものは地球表面に転がっていた玄武岩だったとのオチ。

『1970年の録画なのに、・・・公開されたのは40年後の2010年以降』

1969年12月の日本訪問時(日本で記者は誰一人突っ込まない)歓迎集会なのに緊張感マキシマムのアポロ11号の3人の飛行士たちですが、その後に行われた1970年のアメリカ国内での記者会見(質疑応答)に対して、もっと緊張していた。アポロ飛行士たちは異様にゆっくりと、一語一語『間違えない』(突っ込まれない)ように喋る様子は、なんとも痛々しい限りである。(まさに『公開裁判』のように見える)

『アポロの月面からは星が見えなかった』

人類最初の月面着陸の翌年の1970年にアメリカ政府(NASA)が主催して一般公開したアポロ11号の3人の飛行士の、Apollo 11 Press Conferenceが、(YouTube ユーチューブ)で公開されるまで何十年もかかった謎(原因)ですが、

・・・星の話は47分あたりから。オルドリンが感情を抑えに抑えまくって煙にまくようなことを話すと、次の瞬間アームストロングがwe were never able to see stars from the lunar surface....『月の表面からは星をまったく見ることができなかった』、という妙な言い方で発言しだす。
するとオルドリンがパッとアームストロングの顔を見る。コリンズの、I don't remember seeing any も相当へん。
まるでみんな星が見えるかどうかにまったく興味がなかったみたいだ。
その代りに380キロだかの石を持ち帰るってのは、みんな宇宙関係者ではなく地質学者だったのかと(笑)。
(DEEPLY JAPANの当該記事から抜粋)

\(^o^)/オワタ  『一発退場(レッド・カード)の爆笑ヤラセ 』 または、今までの科学の常識を覆す世紀の大発見 (^_^;)

日本なら小中学生でも明るい昼間に星が見えないのは『地球に空気があるから』程度は全員が知っているのである。(★注、星の光は夜昼に無関係に24時間地球に到達しているが、大気に太陽光が乱反射するので夜しか見えない)
アームストロングの『we were never able to see stars from the lunar surface』(月の表面からは星をまったく見ることができなかった)とは、『アポロの月には大気があった』と言っているのと同じ意味なのですよ。
アポロ飛行士の言葉が口から出まかせの大法螺でないとしたら(事実なら)驚天動地の大発見である。あるいは、船場吉兆も顔を赤らめる恥ずかしすぎる偽装工作である。
答えは二つに一つの二者択一。何れが真実でも世紀の大事件だ。

『リベラル・メディアの悪巧み』挙国一致どころか、世界一致の大本営発表隠蔽工作

アポロ計画のピンボケビデオでも、それとは対照的な超鮮明な静止画でも同じで『アポロの月には星が写っていない』程度は誰でも知っているが、これに対してNHKなどマスコミとか有識者は、カメラ(写真)は絞りの関係で肉眼で見えている星の明かりが小さいので、(絞りを開放しない限り)画像に写らない(だから陰謀論は馬鹿馬鹿しい)と説明していた。普通のカメラでは、暗い星と明るい被写体を同時に写すことは不可能なのである。
ところが、肝心のアポロ11号飛行士たちが1970年に一発退場(レッド・カード)の『月からは星が見えない』と言い切っちゃった。\(^o^)/オワタ 
困ったマスコミは(アメリカを忖度して)2010年以降まで、Apollo 11 Press Conference のビデオ画像を何十年間もお蔵入り(封印)して誤魔化していたのである。

1970年に早くも『アポロの月からは星が見えない』と喋っていたとは驚きである。(全員が暗黙の了解で、丸々全部を隠していたメディアや有識者たちの罪は万死に値する)

 

『2007年当時は、想定外の「放送事故」の類だと思ったのですが、・・・』

NHKにゲストとして出演していたアポロ12号で4番目に月を歩いた男(アポロ宇宙飛行士のアラン・ビーン)は唐突に『月からは星が見えない』と喋り出して、他の出演者が必死で止める摩訶不思議な場面が放送されていた。
★注、
NHKの月探査機「かぐや」の2007年当時は、想定外の「放送事故」の類だと思ったのですが、実は1970年には早くもアームストロングが同じことを喋っていた。ただし、月を最初に歩いたアームストロング船長にしろ2番目に歩いたオルドリンにしろ、その後人格的に破綻、生活も破綻して世捨て人の様になって仕舞うのですから怖ろしい。

月探査機「かぶや」ですが、人々は、一番感激したのは鮮明な月面の画像ではなくて、月から上る『地球の姿』(『地球の入り』とか『地球の出』)に感激したのです。
嘘つきの小悪党のアラン・ビーンですが、『アポロの月からは星が見えない』と言うことで、アポロの月から『地球が見えなかった』事実を隠したかったのです。ほぼ悪賢い詐欺師か、腹立たしい手品のような話である。
そして、マスコミや有識者はこの事実を何としても隠したかった。

『日本の月探査機「かぐや」と同じ種類の画像なのに、誰も気が付かなかったアポロ8号の「地球の出」の画像』

NASAの説明文によると、地球を映す計画はまったく無かったが月周回軌道上のアポロ8号から月面を撮影中に、偶然にもレンズのフレーム内に地球が入ったもの。もしもこのNASAの説明が正しいとすればですが、アポロ8号の3人の宇宙飛行士は全員がロボット並みの感情しか持っていなかったことになるが、たぶん、アメリカのアポロ8号の月周回も、当時宇宙開発を争っていたソ連と同じ無人探査であった可能性が高い。
★注、
日本の月探査機「かぶや」で人々が全員感動した月面からの『地球の姿』(『地球の入り』とか『地球の出』)は『動画』だったが、1968年のアポロ8号の場合には静止画だった。しかも、たった一枚なので、その他大勢の月面の写真の中に紛れ込んでいて誰一人感動するものが無かった。(物事の順番が逆さまで、2007年の日本の「かぐや」の驚きの映像から、半世紀前のアポロ8号の類似の画像が発掘されて大騒ぎになっている)

『月の石、実は地球の石だった、それ見たことか!』 2019/2/1(金) 大槻義彦

これは衝撃的なNASAの発表である。
私がごうごうとした非難と 悪罵を浴びながら主張してきた、唯一の科学者なのに、その時 私に向かってもう絶交だと怒った大多数の科学者よ、それでどうする?!

これらの科学者よ、手をついて謝れ!

『アポロの月の石、実は地球の石と判明、私の50年前の予測どうり』 
2019/2/1(金) 大槻義彦

『地球、惑星科学 レターズ』という論文誌はNASAの研究者の論文を掲載し、アポロのアームストロング船長の持ち帰った『月の石』は地球の石であった、と断言した。(朝日新聞1月31日電子版)

『アポロ14号が持ち帰った月面の岩石、「実は地球由来」と研究者』2019年1月26日 CNN.co.jp

半世紀前のアメリカが日本に贈呈したアポロ計画の『月の石』を実際に手にして調べた結果『アポロの月の石は地球で普通に何処にでもある玄武岩と同じだった』との、アンデルセンの童話『裸の王様』に出てくる頑是ない子供と同じこと(事実そのまま)を喋って世間から袋叩きにあった可哀想な大槻義彦が、『手をついて謝れ!』と怒るのは当然なのである。

『当たり前ですが、全員が知っていた』

アポロ計画の月の石は、実は地球の石だった』ことは、大槻義彦以外の常識ある賢い科学者たちは全員が『見ざる言わざる聞かざる』で沈黙していた。(地動説のガリレオ・ガリレイの宗教裁判と同じ原理で、科学的真理を守ることよりも我が身の安全が一番大事だったのである)

『固くて重い玄武岩と、軽くて風化しやすい花崗岩』どちらも元はマグマ

地下深くのマグマが固まった『花崗岩』は日本では普通に見られる岩石だが、『実は地球の石だったアポロ計画の月の石』の玄武岩の方は月の海や、プレートテクニクスの海嶺でマグマの溶岩が噴き出し海底深くで固まったもので、地球表面の陸地の30キロメートルの地中や海中深くに存在する岩石なので、いくら火山列島とはいえ日本でも珍しい。(★注、陸地とは対照的に、太平洋の海底はほぼ全部が玄武岩
アメリカのネバダ砂漠の様に大きく隆起した場所にだけ固い玄武岩の地層が露出して独特の景観になるが、それ以外は日本の地層では全部が風化しやすい花崗岩だった。(★注、地下深くの溶岩が固まった玄武岩が隆起した紀伊半島南部には『那智の滝』の様な景勝地が生まれた)

(おまけ)

烏賀陽 弘道‏ @hirougaya · 4月7日

原発の耐用年数を60年に延長するということは、60年前の技術をそのまま使い続けろということです。
例えていうなら、蒸気機関車で新幹線を運転しろというようなものです。
真空管でグーグルのサーバーを運用しろというようなものです。
いまから60年前は1959年ですから、あながち冗談でもないのです。

★注、
耐用年数が40年で設計されている原発を、ほぼ一律に20年延長して60年運用するとの日本政府(原子力規制委員会)に対する皮肉ツイートに対して、すぐさま『安全・安心。何の心配もない』派(極悪原子力ムラ)が、『新幹線はメンテナンスしながら今でも安全に運転している』、『古い技術でも何の心配もない』と反論。
唐突に、半世紀前の『古い技術』論争が勃発する。

烏賀陽 弘道‏ @hirougaya · 4月8日

原発の耐用年数を60年に延長すると、60年前の技術をそのまま使い続けることになります。ちなみに63年前は5MBのハードディスクの移動にフォークリフトが必要でした。今みなさんのスマホは32GBくらいでしょう。
毎日スマホを持ち歩くのにフォークリフトが6400台必要です。

烏賀陽 弘道‏ @hirougaya · 4月8日

60年前、日本の幹線鉄道には蒸気機関車が走っていました。
ラジオは真空管で動いていました。
ネットなど存在しません。テレビすらほとんど普及していない。
電話すら金持ちの家にしかなかった。
60年前の技術を使い続けるというのは「実用にならない」というぐらい馬鹿げたことなのです。